Rep. Journal, Jan 2006

Issued Jan 2006

 

年明け新年早々トピックとしては扱いにくい自殺を今回は扱ってみたい。それは日本の交通事故死亡者が去年は49年ぶりに7000人を下回った。しかし他の案件による死亡件数、特に自殺に関してみれば減るどころか増えている一方である。日本の自殺者数が 3万人を越える現在では、警察庁は具体的な対策を採っていない。この3万という数字は果たして少ないのだろうか、それとも人口比から言うと妥当な数値なのだろうか?アメリカの自殺の傾向、対策とを比較してみたい。そして新年ということで、なおさら人の命というものを考えるには良い時期であろう。

ちょっと表が大きいのだが、日本は全体で10位、先進諸国の中ではダントツの1位ということになる。しかし1位といっても全く褒められるような性格のものではない。日本は十万人当たり、24.1人だが、カナダは11.7人、アメリカに至っては、10.4人である。つまり単に人口が多いから自殺者が多いということにはならない。

しかし実際には厚生労働省・人口動態調査の調べによると、ここ最近5年連続で自殺者3万人超えである。統計的に自殺者の数は増えてきているのである。

そして人口10万対比では、日本では総数が40人に届くかどうかといった数値である。 反対に下表のアメリカ・カナダでは全体的に少ないのが分かる。

日本では男女ともに中年層での自殺者が多いのが特徴で、欧米では45歳前後から自殺者の数はなだらかに減ってきている。ただし欧米でも男性の場合のみ70歳前後から自殺者の数が増えている傾向がある。

実体が分かったところで次は日米それぞれの社会における自殺の傾向・現状を見てみたい。

日本での自殺の傾向は圧倒的に、自殺者に中高年が多いと言うことである。それも50代の男性である。これは最近の不景気で、リストラなど職業組織体制の変化、社会の変化が考えられる。突然失った職や会社 への失望・絶望感に加え夫婦の不和など様々な中年危機が加わった結果であろう。最近多い団塊世代の離婚も男性にとっては大きな要素のひとつなのかもしれない。 また彼らの親の世代が高齢で、世話に疲れてしまった、などの理由も挙げられる。しかし中高年者の自殺は社会的な損失が非常に多い。彼らの世代は仕事を通して様々なノウハウを持っており、これを次世代に継承しないまま自殺をしてしまうと、次世代におけるコストの負担も増大してしまう。また彼ら団塊世代が自殺をしてしまうことによって、彼らの子供もトラウマが残り、彼ら団塊世代の子供が団塊世代に達すると、また自殺を繰り返すと言う、自殺のスパイラルというものを起こしかねない。これは悪事をみた子供はやはり悪事を繰り返すというのと同じである。

日本では有名人・著名人が自殺をすると後を追って、自殺する後追い自殺も多い。これは特に女性に多く東アジア特有のもともいえるかもしれない。日本や韓国では有名な俳優が自殺するとその数日後に必ずファンの後追い自殺が出る。理由は俳優や著名人の 強烈なファンという影響が本人の精神面において深い領域まで支配してしまい、いわゆる本人に成り切ってしまっているとか、俳優の生き方・死に方に魅了する、俳優が自分に一緒に来るように囁いたなど、異常な精神状態であること も多い。

日本が自殺大国になってしまった理由の大きな要因のひとつに、表現の自由と言うものが考えられる。表現の自由とは日本国憲法が認めている国民の権利のひとつだが、これが拡大解釈化、、または歪曲され利用されていることだ。自殺マニュアルと呼ばれるマニュアル本がどこの本屋に行っても見かけることが出来るし、インターネットの急速な発展は、見も知らない他人と一緒に自殺をする、自殺サークル・グループがインターネットの世界の中にはひしめいている。この自殺マニュアルは自殺の方法を事細かく書いてある。著者はこの自殺マニュアルを読んで自殺を思いとどまらせる、としているが効果は完全に逆である。教育目的と言いながら印税を得て、精神的に追い込まれた人たちの背中を押すような本は、表現の自由には全く当たらない。これは表現の自由と言う憲法を歪曲化し商業化しただけのことであって、政府はこのような歪曲化された教育目的と商業化目的の融合は規制すべきであろう。出版業界ではオリジナルの自殺マニュアルのベストセラー化で次々と同種な本が出版され、最初は興味本位で読み始めたものが、自殺に追い込まれてしまうケースも多く報告されている。

またインターネットに存在する自殺勧誘ページの存在も問題である。日本のインターネット業界・社会全般にインターネットを政府が規制しないことでアメリカ・韓国などのインターネット先進国に劣らないソフト・利用率・ビジネスモデル化が実現したのは紛れもない事実である。しかしその裏で、やはり自殺マニュアル同様、この手のページが大反乱している。出版業界では一線を越えないように死体の写真などは載せていないが、インターネットでは自殺直後の写真や具体的な手段を写真入 りで紹介 、これらが実際に自殺を誘発してしまうや、興味本位で自殺グループに参加、その後、自殺希望者と会話を続けているうちに自殺に魅力を感じて自殺をしてしまうというのもある。

反対に北米ではどうであろうか?アメリカ・カナダでは逆に日本にない問題により、自殺者が出ている。北米・両国とも全体的に日本ほどの自殺者の数は多くない。しかし傾向として、少年・青年期と老齢期での自殺が多いのが特徴である。それは3つの特徴に分けられることが出来る。ひとつは、ピアープレッシャー。2つめは薬物の乱用。3つめに、老齢期における病気、である。

  

ピアープレッシャー。それは子供が他人を意識し、自我が目覚め始める頃から現れる現象で、日本でも小中学校時の精神形成時にはよくみられる。ピアープレッシャーとはいわゆる友人関係内での葛藤が一番分かりやすいかもしれない。誰々ちゃんもやっているから、自分も嫌でもやらなくてはならないなどだ。もともと アメリカの子供は自己意識が強いと思われがちだが、アメリカやカナダでは人種・宗教・母語を基とした生徒間に違いが多くあり、それがピアープレッシャーに繋がっている例も多い。クラス内に白人の子供が多ければ、もし自分が白人以外の人種である場合、彼らと同列 ・同種化にならなければいじめに遭ってしまう。つまり嫌でも彼らに合わせた行動をとらなければならない、というのが子供には相当のストレスになる。現実にアメリカの社会では子供の多く見るテレビ番組には、ほとんど人間とも思えない色やキャラクターが多いが、これは幼少時から社会には様々な顔・色・言葉を操る人たちが沢山いるということを、潜在的に植え込んでいる。日本では実社会ではこのような状況はほとんどない為に、アメリカのマンガ・幼児番組を見ると違和感を覚えるのはこの為だ。セサーミーストリートになぜ、様々な色をしたキャラクターが出てきて、黒人・白人・ピスパニック・そしてアジア系の子供が多く出てくるのはいい例だろう。

しかし実際に様々な理由でピアープレッシャーに負けて、学校のカウンセラーに遭うと、アメリカではほとんど100%に近い状況で、抗鬱剤の投与を進められる。親が薬の投与に疑問を投げかけた場合、逆に親が子供の治療の妨げをしていると、学校区の責任者に報告されてしまうケースもある。これが2つめに提起した薬物の乱用と深い因果関係がある。幼少期から抗鬱剤を使用している人の寿命は実は非常に短く、30−40歳前にほとんどの例で病死か自殺をしている。とくに抗鬱剤の副作用とも思える、自殺を誘発するは、抗鬱剤使用中の大人よりも子供 に多い。これは抗鬱剤使用により自殺願望がフラッシュバックのように突然訪れ、そのまま自殺をしてしまうと言うものだ。これはもともと存在していたピアープレッシャーなどの鬱状態によるものではなく、抗鬱剤投与による副作用と考えられている。大人でも軽い鬱で、精神 科を訪れたが、抗鬱剤の投与で本当に精神病になってしまったケースは多い。子供の場合、自殺願望がフラッシュバックのように訪れたときに、家庭内にある銃器で頭部を打ち抜き自殺をするというパターンや、高層のマンションから飛び降りると言う発作的なパターンが非常に多い。

最後は老齢期における自殺である。これは北米・アメリカ、カナダだけに見られる状況ではなく、世界的に見られる状況である。それは人間が高齢になり老齢してゆくと、多くが病気にかかる。若い時であれば、体力があるやまだ子供が小さいなどの為、病気になっても戦う意思が強い。しかし老齢になり、配偶者が独立した状況になると今度は、自分が配偶者の負担になりたくないや、回復の見込めない病状、それに単純に生に対する意思が弱まり、自殺を選ぶと言うものだ。これは世界中の先進国で男性70歳を境に急激に伸びている。男性の寿命が70数歳と言うのは偶然ではないようだ。

世界中の自殺の傾向でも、宗教・社会的背景が自殺をとどまらせない要素になっていることも挙げられる。特に日本においては”責任を取って自殺”と言うのが多い。反対にアメリカでは引責による自殺は非常に少ない。これは偶然にも日本社会において責任が集中しやすい50代男性に自殺者が一番多いのと一致する。日本社会では責任を取って死ぬ、と言う考え方が国民にどこか染み付いている感がある。それは日本独自の責任と死を結びつけた美化された考え方があり。昔には忠臣蔵や特攻隊が挙げられる。どのストーリにおいても日本的な社会での責任の所在を追求、結果、引責でその命と引き換えにするという美化された考え方がある。

反対に北米では国家・社会に存在するキリスト教の影響が自殺を思いとどまらせるや、そもそも自殺という発想に導かない価値観が存在する。しかし反対にそのキリスト教的価値観の存在が老齢者による配偶者の負担を考えて自殺すると言う結果にも結びついているのだ。

最後に日本とアメリカにおける自殺防止への取り組みだが、アメリカでは学校・自治体・社会全体で取り組んでいる。そもそも自殺の背景には心の病気があり、いかにそれを防ぐかが問題であるかと考える。結果、精神科や精神問題を扱うカウンセラーの存在がアメリカでは非常に多い。実際多くのアメリカ人が、精神問題を扱うセラピーやカウンセラーに掛かっており、彼らの存在が自殺を未然に防いでいるのである。実際WHOによれば自殺者の90%以上が、何らかの心の病を持っていると報告している。そして実際に自殺未遂が起こってしまった場合、アメリカでは保護した人を72時間、病院や専門機関で拘束することが決められている州が大半である。これは自殺未遂をした人は72時間以内にまた自殺をする可能性が高いからである。

しかし残念ながら日本においては自殺防止の具体的な対策は何もとられていない。結果自殺者が多いわけである。交通事故死が年間7000−9000人と言うのは自殺者が年間3万人を超えるのに比べれば1/3程度でしかない。しかし交通事故死者を減らすために政府は様々な法令をつくり、それを減らす努力が行われているが、自殺防止に対しては、具体的なものは何もない。交通事故は偶発的に発生すこともあるので完全に防ぎきれない面もあるが、自殺に関してはある程度防ぐことは可能である。 心に病を持つ90%以上の人の1−2割未満の人しか日本では精神科を訪れていない。まだまだ社会全体での治療のあり方に改善が必要だし、治療を徹底すれば30%以上自殺を減らすことが出来る。また実際に自殺未遂が起こっても保護する法律はなく、その多くが再び自殺を決行しているのである。

対策が講じられていない、講じる予定もない日本を見ればやはり先進後進国と考えざるを得ない、まだまだ人の命が他の先進国に比べ安く・希薄に考えられているからである。そして残念ながら日本のように、価値観が希薄で、マテリアリズム全盛である社会は未だ成熟はしていないと言うことである。こ の未熟さが社会に大きな損失を与えていると国民が思わない限り、自殺者を減らすことは出来ないであろう。

おわり

 

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