Rep. Journal, May 2005

Issued Apr 05

世界中では今、セックスオフェンダーと呼ばれる性的犯罪者の管理が問題となっている。日本では最近、奈良で少女を誘拐し性的いたずらをした後殺害した被疑者が、もう一度社会に出れば同じ犯罪をしてしまうかも知れない、と 警察に語っているという。アメリカでも連日のようにメディアではセックスオフェンダーの問題を報道している。実際これらセックスオフェンダーの再犯率は他の犯罪よりも圧倒的に高い ので連日のように報道されるのは理解できる。

何が問題になってセックスオフェンダーの管理が出来ない若しくは遅れているのだろうか?

管理という点では遅れてしまっているのは日本であって決してアメリカではない。アメリカでは十分すぎるほどに管理がされている。それでもこのセックスオフェンダーの再犯率は他の犯罪に比べアメリカでは高い。 管理という形では、 現在メーガン法という法律が整備された。これは性犯罪者たちの個人情報をインターネット上に公開、顔写真をはじめ、住所、氏名、年齢、犯罪の種類、人種、身長、髪の色、目の色など身体的特徴をも公開している。公開方法も様々で 、ある自治体では、そのエリアの地図に”S”マークを掲載しそこにセックスオフェンダーが住んでいることがわかるようになっている。

このような情報は管轄する警察が学校、図書館、市役所など市民がよく利用する場においても提供している。新たに家族がその地域に引っ越してくると、まず市役所ではウエルカムパッケージと称したインフォメーションパケットを提供、家族の中に子供がいる場合インターネットで地域のセックスオフェンダーを調べておくように、と勧めている自治体もある。

このメーガン法は1994年7月にニュージャージに住んでいたメーガンちゃんの殺人をきっかけに法整備された。メーガンちゃんをレイプした上殺害したこの犯人は、 メーガンちゃんの近所に住んでいた。そして前科があり、その前科もすべて子供に対する性的犯罪であった。いわば幼児性愛常習犯だったのだ。メーガンちゃんの両親からすれば、もしこのようなセックスオフェンダーが近所に住んでいることがわかれば何かしらの防衛がとれたというのだ。これは実にもっともな話である。その両親の運動によって、96年にニュージャージー州で採用。その後、連邦法でも採用され現在では50州でセックスオフェンダーの情報を公開するようになった。

このメーガン法、犯人が刑務所から出所し近所に引っ越してくると、地元の住民に告知されることだ。告知方法は住民を集めた説明会や地域自治体発行の新聞のようなものでも告知される。しかし法律制定当時には一部に、公開された性犯罪者を襲撃するという過激な行動をとる住民もいたようだ。そこでメーガン法では、このような復讐行為を防ぐため、性犯罪者への差別・暴力は徹底的に取り締まるということも明記された。州によって詳細の内容はまちまちだが、就職・保険加入などで性犯罪者を差別すると罰せられるようにもなっている。

公開される性犯罪者は主に起訴され有罪になった人たちだが、精神障害を理由に無罪になった人たちも含まれている。このようにメーガン法は市民の安全を第一に守るという側面が強調されている。

しかしアメリカでは法律で平等を謳っているのに、情報を公開された性犯罪者の人権をどう保護・尊重するのかという論議も出ているのは確かだ。 最近のリサーチではこれら性犯罪者は結論を言うと精神異常者であるというものだ。精神異常であるから出所後も同じ事を繰り返し、犯罪に対する罪悪感は皆無である、という。また精神異常であるから故に裁判まで至らずに釈放され再び犯罪を繰り返すというのも事実だ。

しかし性犯罪者にしてみればこの法律はまったく困ったものである。せっかく出所後、心を入れ替え人生をやり直そうとしても、結局どこへ行っても性犯罪者であったレッテルは剥がれない。生涯にわたって、性犯罪者という烙印とともに生きてゆかなければならないのだ。だが重要なのは他の犯罪と違って、このセックスオフェンダーたちにはいわゆる”情状酌量”の余地は全く無い。しかも犯罪は故意であって決して過失ではないのだ。それにもし犯人が逮捕されてもその影には実際に複数の被害者がいるという事実。犯人によって人生を狂わされてしまっていることや、犯人から性的虐待等を受けた人はそれが原因で精神障害を負ってしまうなど、被害は一過性ではない。

社会ではこれら性犯罪者を国内から全員集めて一箇所に隔離してしまうというのは、事実上不可能だ。だとすれば社会でこれら犯罪者達といかに共存するかが問題で、その際このメーガン法は一つの手段 ・目安になるのは間違いない。

日本においてはどうだろうか?やはりアメリカと同じように連日のように、小学校が襲われた、少女が誘拐されたと、アメリカと同じようになっているようだ。しかし誘拐をはじめ、これら性犯罪に対する犯罪について州政府をはじめ、地方自治体、連邦政府と、対処に対する反応は日本に比べれば素早い。日本では10年以上も前にあった”宮崎勤”の犯行による被害から学んだものはそうない。 あの時もさんざんな割りに一過性だった。法律は性犯罪について改正されてもせいぜい 実刑最長4年が6年になったレベルだ。地方自治体の取り組みは皆無に等しい。集団下校など全ては一過性のもので、社会としてどのようにしていくかという抜本的なものは全く見受けられない。

また日本においては法整備だけの問題でなく日本人の物事への考え方がアメリカとは違うので、その点も考慮に入れなければならない。日本は異質なものを徹底的に排除する社会だ。カルト集団・宗教団体が引っ越そうとすれば住民票を自治体が受け付けないなど、日本においては一個人レベルで考えなければならないこともある。もしこのメーガン法を日本でも採用し性犯罪者がたまたま幼稚園のそばに住んでいるということがわかったら、その幼稚園はどうなってしまうのだろう。彼らの存在により、アパートの住人が全て引っ越してしまう、土地が値下がってしまう、などどのように実質的な損害を補償するか、という問題が出てくる。

また 恐らく日本人は一過性のものは良いが、それが継続して社会として取り組まなければならないようなものは難しいかもしれない。日本人は比較的何かあるとすぐに”政府”がとか”警察”がとかいうが、その政府・自治体組織を選出したのは誰でもない自分達一人ひとりであるということだ。警察が取り締まらないからこうなった、というのはその通りだが、しかし自分達一人ひとりでこのメーガン法を日本にも制定さ せようなどの運動をしなければ日本ではこの手の犯罪はなくならない。当然問題点が多いのも事実だ。しかし法整備をはじめ個人レベルで考え直さないと、この手の犯罪は、なくならないどころか増える一方だろう。全てを平等とはお題目にしか過ぎず、そのお題目のおかげで人知れず被害に遭い人生を滅茶苦茶にされた人も要るという事実 を直視すべきだろう。

おわり。

 

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